ヒト

2021.09.09

地球にやさしい人たちが出会う、釧路のサステナブルショップの役割(釧路市)

道東の中心都市、人口164,577人の港まち釧路市(2021年4月30日時点)。かつて炭鉱業が栄えた東部地区の住宅街に、1人の女性が切り盛りするお店があります。今回は持続可能な暮らしへ向けて、オーガニックやフェアトレードなど環境に配慮した生活用品を扱う「サステナブルショップ&カフェ ラマチ」の清田 尚恵さんに、お店をはじめたきっかけや自身の役割についてお話をお聞きしました。

■はじめは1人の消費者として

-どういう経緯で、環境に配慮した商品を扱いはじめたのでしょうか?

清田:もともと子どもの頃から喘息だったり、20歳で子宮頸がんをやっていたり。決して強い体質ではなかったんです。25歳を過ぎてからアトピーがひどくなって、洗濯洗剤とかシャンプーや化粧品を見直して、オーガニックのものに変えていって。そうすると、例えば600円の石けんを1つ買うのに、送料が800円もかかったりして。当時は、そうしたものを1つずつ違うショップから買っていたから、商品代より送料がかなりかかってしまって。「いつかこうしたものを全部を買える、ネットショップをやりたいな」って、漠然と思っていました。

-健康や環境に配慮した商品を扱うお店がなかったから自分ではじめようと?

清田:そうですね。「結局食べるものが身体をつくっていて、内側から変えていかないとな」って、そう気付きはじめた頃で。ちょうどそのとき重なったのが、東日本大震災でした。食べもの1つとってみても農薬や添加物とかいろいろある中で、今度は放射能の問題と向き合っていかなければならなくなって。「自分が食べるものに気を付けないとならない」=「子どもに今までなにを食べさせてしまっていたのだろう?」って、本当どうしていいのか分からなくなっていて。いろいろ模索していたときに、釧路地域の沿岸部に高レベル放射性廃棄物の処分場ができないように署名活動をしていた「核のゴミはいらないアクション」というグループのメンバーと出会ったんです。

-どのような出会いだったのでしょうか?

清田:しっでぃぐり~んネットワークさんや、ジャンレイさんといった人たちで、現在のラマチで扱っている商品の中心になっている人たちです。それまでは本当に全然知らなくて。そのご縁からネットショップをやりたい話をしっでぃさんに話したとき、「いくらでも協力するよ」と言ってもらえて。だったらしっでぃさんの商品も、もっと気軽に手に取って感じてもらえるように、店頭で販売もしたいなと思って。そうして、どんどん引き寄せるように出会っていったものが、ひとつのお店として形になった感じですね。

仲間たちと一緒に改装した店内。養老牛山本牧場のソフトクリームが食べられるのは道東でもここだけ

■自分の役割に気付いたこと

-東日本大震災、311の影響も大きいのでしょうか?

清田:大きいですね。今まで何気なく安心安全だと思い込んでいたものが、そうじゃなかった。それと自分をとりまく社会や経済、環境を見直したときに、何十年も前からそれらの事を危惧してやらなきゃいけない、やるべき事をやってきた人たちがいたんだなって気づいて。私も生きかたを変えないと、地球にとって必要な存在にならないとなと思って。311って地球上でも気付きとして、もっとも大事な出来事だったのではないのかなって思っています。

-自分の役割に気付いた感じでしょうか?

清田:たぶん私の役割に気付かせるために、どんどんいろんな疾患が増えていったんじゃないかなって思っていて。私自身が身をもって経験して、安心できる商品や食材を私の言葉で、お店で伝えていくこと。そうしたことが自分の役割だったのかなって。でも、もっとたくさんの人に知ってもらうために、どうしていったらいいか模索しなきゃいけないし、より良いものを買いやすくしたい。それこそ第一次産業を変えないとならないから、そこを変えるには消費者の意識が変わらないとならないと思っていて。その1歩になりたいですね。

-第一次産業を変える、そう思った理由は?

清田:やっぱり自分が食べるものを考えたときに、「スーパーに行っても安全なものが売ってない」と気付いたときですね。311以降、日本の安全基準値までもが変えられてしまい魚、肉、野菜どれも放射能に汚染されてる可能性が高くて。でも、そもそも考えたときに、飼育方法とか農薬や添加物、そもそもダメだったじゃんとなって。じゃあ、それどうやって変えていったらいいんだろう?と思ったら、やっぱり買っている人たちの意識が変わって「安全なものしか買いません」となれば、第一次産業の人たちも安全なものをつくることになると思うんですよね。

しっでぃの野菜販売。毎週こだわりの野菜づくりをしている生産者さんの野菜がならぶ

■生産者や作り手の営みがイメージできる買いものを選ぶ

-消費者が安心安全なものを選ぶことで産業も変わると?

清田:実際に農薬や化学肥料をまいて、それが正しい農業なんだって。そう思い込まされている人たちが結構いると思っていて。動物に対しても配合飼料とか抗生物質を当たり前に使用していて、本当に正しいのか疑問を持たない人もいると思います。でも、その人たちが悪いんじゃなくて、そうしたものを販売する企業や消費者も悪いよなと。やっぱり1人ひとりが変わらないと、そうした経済も仕組みも変わらないなって。これは食の話だけじゃなくて、衣食住すべてに共通する話ですね。

-お店に来られるお客さまには、どんなことを意識されていますか?

清田:これは絶対というのは、「愛をもって接する」ことですね。例えば、私が第一次産業を変えたいからこういうものを売っているんだって、支配的な気持ちでお客さまに接するのは違うと思っていて。そうじゃなくて1人ひとりの気付きが大切なので。だから押しつけるんじゃなくて、愛をもって見守るような気持ちで「実はこうなんですよね」って接することを意識しています。

-誰に対しても、より丁寧に説明する感じでしょうか?

清田:そうですね。やっぱり愛をもって人に接していると、どんな人でも伝わると思っていて。最初の頃は、小バカにしたような感じで話してくるおじさんもいて(笑)。「山本牧場さんはこういう環境で、こんな風に育てている牛たちだから、こんなにおいしいんですよ」って話しても「ソフトクリームなんてどこも同じだべや」って。でも、そのおじさんの食べたときの表情がみるみる変わっていって、「ホントだな!」って(笑)。やっぱり伝わるんだなって。山本牧場さんの牛たちや地球に対する愛情があって、いろんな人たちの営みの循環があって、そのおじさんに辿りついている訳だから。これはすごいことだなって。

-些細なことかもですが、大きな変化ですよね。そうした生産者のメッセージも伝えていく場でもある?

清田:やっぱり扱っている商品の作り手さんたちの愛情や手間暇とか、そういうものってエネルギーとして絶対に循環すると思っていて。商品だけじゃなくて、そうした営みまでイメージできる買いものがいいなって。「ラマチに来ると落ち着くね」とか「癒されるね」と言われることも嬉しいし、そういう場所でありたいですね。あと「ラマチ」という名前は、アイヌのエカシ(長老)に相談したときに「魂って本当は、アイヌ語なんだよな」って、ポロっと言っていた言葉から決めていて。自分も経済意識というよりは、人の魂の部分に響かせるようなことをしたいなって。それはファイヤーダンスにしても、お店にしても思っていたことなので、ラマチって言葉との出会いは大きかった。そういうお店、人でありたいなって思います。

人気のジャンレイの自家製タルトと山本牧場のソフトクリームのセット

■そもそも生きることが持続可能じゃなくちゃいけない

-311から10年経ちましたが、振り返ってみて環境の変化など良くなっていますか?

清田:間違いなく良くなっていますね。10年前の自分が想像していた10年後よりも、はるかに素晴らしいものになっていると思う。でも満足はしていないし、まだまだ良くできると思うけど。2010年代は激動な時代だったんじゃないかなと思っています。

-SDGsもそんな時代に広がりはじめましたが、持続可能性について聞かせてください。

清田:「持続可能」って良い言葉だけど、ある意味そんなのあたりまえの話で。そもそも、そうじゃなきゃいけなかったこと。本来は、そんなこと言わなくてもいい状況じゃないといけない。生きるということが持続可能じゃなくてはいけないのに、それを発信しなくてはならないという状況。そうなってしまったから仕方ないんだけど、そもそもはいらない言葉じゃないかなと。

-これからの10年、何かビジョンや考えていることを聞かせてください。

清田:今後は、自分自身がもっと自然の中で生きたいので、そうした環境に移住して畑とかやりながらお店をやりたいですね。あと、ゆくゆくはこういうお店もマーケットとして、もっと大きなものにしたいというか。ここに行ったら当たり前に安全なものしかないっていう、コンビニよりも大きいショッピングモールのような場所で。入っている服屋さん、ごはん屋さんとかもオーガニックのもので。もちろん自分1人の力じゃ、絶対に無理なんですけど(笑)。でも押しつけではなく、自然とつながるべくして人がつながっていっているので。そうなったらいいなって、漠然と思っています。

自らの経験と言葉で、持続可能なつながりを地域の中で生みだしている

■持続可能な暮らしへ向けて

-押しつけられることではなく、自分で決めていくこと。そのほうが難しいかも知れませんね。

清田:私の場合は中学生のときに学校の教師や親に支配されて、いろいろ押し付けられたり制圧されてきたものも関係しているかも知れません。高校なんて絶対に行かないで、東京に行ってダンサーになるって、学校教育から学ぶことは何もないって、言い張っていましたから。でも教師や親に、「頼むから1年でもいいから釧路に残って」とか「専門学校で手に職つけて」とか言われて。かなり説得されて美容学校へ行ったんですけど、案の定やりたい感じでもなく(笑)。

私が高校へ行かないってことも「不良だから」ってレッテルで言われていて。でも、この時代になって子どもを学校に行かせることってどうなんだろう?とか、多様性?義務教育って?とか、疑問に思う親も増えてきていて。それって当時、中学生だった私が言っていたことが世間の人たちの声になってきているというか。ようやく40歳になって、ただの不良じゃなくなったなって(笑)。

-もともとアトピーになったことや教育、進路も気付きのための要素だった?

清田:自分の人生の中で必要のなかったことって1つもないと思っていて。体質や進路もだけど、なにより釧路に残ったからこそ、そのとき付き合っていた人と安定した家庭に憧れて、妊娠して子どもが私を選んで生まれてきてくれて。あの時の経験がなかったら、今の自分はいなかったと思う。311が起こったときも子育て真最中で、子どもがいたから放射能のこととか調べたと思うし。子どもにも感謝しているけど、今となっては親にも感謝しているし、全部やっぱり必要な経験だったなと思いますね。

-なにごとも悪いことばかりじゃなくて、どう捉えるかですかね?

清田:それぞれの暮らしや環境、社会自体が良くなるために、なにか気付きになるような存在はいるのかなって思います。生きづらさを感じている人も増えて、地球もギリギリなんとか保っている中で、どうしたいのか?と。

-そういう意味でも自分の役割を考えたり、気付きを得るような場所。ラマチさんは、そんなお店でしょうか?

清田:それがお店のコンセプトですね。訪れるお客さまの魂が知らずと癒されて喜んでいただける、そんなお店でありたいなって。実際にそう言っていただけるお店になってきているなって。それもひとりの力じゃなく、みんなの力あってこそだし。みんなの力がもっと大きなものになっていくなって、そういう確信がありますね。

聞き手・撮影 清水 たつや

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